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人の森国際協力>>アーカイブス>人の森通信2009/02/05号

グラミン銀行というビジネス

by 野田直人

先日NGOであるJANICの主催する講座に講師として出席しました。その時、2006年ノーベル平和賞を取ったバングラデシュのグラミン銀行の話題が出ました。

NGOの方達と話していて「おや?」と思ったことが一つあります。

それは、グラミン銀行の行うマイクロ・クレジット事業が、「慈善事業としての貧困対策」つまりは、政府やNGOが行うような福祉事業・援助事業の枠組みの中で捉えられているのではないか、ということです。

グラミン銀行のようなアプローチでも、まだ取り残される人もいるのは事実です。事業に失敗してお金が返せなくなる人もいることでしょう。

これを福祉事業として見た場合、取り残される人がいること、お金が返せなくなって困る人が出ることは、事業の「不完全性」として目に映るかもしれません。

グラミン銀行の行うマイクロ・クレジット事業は、政府の実施する生活保護事業のようなものとは違って、「基準以下の人は見返りを求められることなく、誰でも等しく受けられる」わけではないからです。

グラミン銀行総裁のムハマド・ユヌス氏は、最新の『貧困のない世界を創る』の中で、ビジネスを強調しています。

(ただしユヌス氏は、株主がオーナーシップを主張し、利益の還元を求めるようなビジネスではなく、資本主義や企業を社会のためのツールとして使う、ソーシャル・ビシネスを主張していますが、この点は後日。)

ではなぜ、ユヌス氏は、慈善事業や福祉事業の効率化や拡大を考えずに、資本主義的なアプローチを考えるのでしょうか?つまり、ビジネスを社会に優しくするアプローチを考えるのでしょうか?

ユヌス氏だけではありません。最近ですと『ネクスト・マーケット』 に書かれた例をはじめとする、ビジネスを使った貧困対策のアプローチがフォーカスを浴びるようになってきています。

ビジネスを貧困対策のためのアプローチとして採用する仕方にも違いはあります。グラミン銀行では貧しい農村女性個々を、独立したビジネス・オーナーとして捉えています。『ネクスト・マーケット』であれば、貧困層に属する人々を、判断力を持った消費者として捉えています。

しかし、共通しているのは、いずれのアプローチでも、貧困層の人々を我々と区別していない、という点です。

逆に言えば、今まで貧困層の人たちが取り残されてきた一因は、貧困層に属する人たちは我々と違うと考えられてきた点だと指摘しています。具体的には「貧困層にはビジネスはできない」「貧困層は金を返さない」「貧困層は何も買わない」などです。

ところがソーシャル・ビジネスのアプローチでは、貧困層の人が利用できる金融サービスや、貧困層のニーズや消費行動に合致した商品がこれまでなかったのが問題だと考えます。そして資料を見る限り、多くのケースでこれは当たっているようです。

先進国であっても、銀行の貸し渋りは起こります。つまり「零細企業は返済能力が低い」と十把一絡げで考えて、ポテンシャルのある企業へも資金提供を行わないようなことです。これは基本的に「バングラデシュの貧困層は金を返さない」と思い込むのと同じことでしょう。

先進国ではほとんどの人が直接的・間接的の違いはあれ、ビジネスで生活しています。民間の営利企業や農家を含む個人事業主であれば直接的に、官公庁やNGOであれば間接的に、ビジネス、つまりは価値と通貨の交換で成り立つ循環の一部に入って生活を支えています。

ソーシャル・ビジネスは、貧困層に合った商品やサービスを導入することによって、「普通の生活を営む人々」の範囲をぐんと押し広げている、と考えても良いかと思います。

ではソーシャル・ビジネスですべての問題が解決するのか?それはありえません。福祉事業の対象となるべき人たちは残ることでしょう。ビジネスですから、新たなニッチやマーケットに進出することは合理的であっても、すべてをカバーすることが合理的とは言えませんから。

どのようなソーシャル・ビジネスを展開しても、そこから漏れる人たちは必ずいますし、福祉や慈善活動の必要性がなくなるわけでもありません。援助の必要性も当面なくなることはないでしょう。

ただし、援助活動が常に資金難や資金調達コストに悩み、持続性に悩まざるを得ないのに対し、ビジネスには資金的な持続性が内包されています。

貧困層すべてがソーシャル・ビジネスで救済されることがないとしても、援助の対象、慈善事業の対象となる人の割合がソーシャル・ビジネスの力で少しでも減れば、援助の効果も高くなるはずです。

では、ソーシャル・ビジネスへ進出するのは容易でしょうか?援助団体がソーシャル・ビジネスへ乗り出すことは可能でしょうか?

正直、不可能ではないですが、かなり難しいと感じています。一つは法人組織の点、一つは組織文化の点、そしてもう一つは個人のスキルの点です。

政府組織や公益法人がビジネスに特化はできませんから、NGOがとる代表的な法人組織、特定非営利活動法人(通称NPO法人)を考えてみましょう。

NPO法人という組織形態は、ビジネスを実施することは認められているものの、非営利活動とは経理を分けなくてはなりません。メンバーや主管の役所に報告したり、監査を受けたりする義務も厳しく存在します。つまり、会社組織よりもオーバーヘッド・コストが大きいのです。

NPO法人の多くは意思決定にメンバーの合意を基本としています。事務局の他に理事会、会員総会などなど。これはビジネスに求められる素早い意思決定と、責任の所在の明確化には必ずしも馴染みません。

例えばこのネットショップを見てください。ネットショップに「人の森」の文字がありますね。現在このサイトで販売しているのは、当社がある愛知県一宮市在住の主婦の方が作った作品です。

このネットショップを開くのにかかった時間は?決断からオープンまで1日です。 (作りたい方はこちらから ) もしショップがうまく行かなかったら?僕の責任でショップを畳みます。

求められる個人の思考方法も異なっています。援助の仕事は、一般的には経済的な指標を使った評価は受けません。むしろ、経済の枠組みから外れた人たちを対象としていると考えられており、援助関係者は、投入した金額と同等かそれ以上の経済的なリターンを求められる仕事はしてきていません。

「いくら使えるか」ではなく「いくら生み出すか」を先に発想することは、訓練も受けておらず、慣れていない人にとっては容易ではありません。

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