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人の森通信2013/09/10号

コラム「商品を売るより… カンボジア・アンコール遺跡で考えたこと」

by野田直人

8月にカンボジアへ出かけました。現地に滞在する日本の国際協力NGOの方たちとお会いし、お話しをする機会もありましたが、基本的にはアンコール・ワットなどの世界遺産の取材を兼ねた旅行でした。

どこの遺跡へ行っても目につくのはお土産品などを売るお店と、そこで働く子どもたちの姿。絵葉書や竹で作った笛などを握りしめ、「1ドル、1ドル」と、観光客を追いかけ回す子どもたちの姿がそこかしこにありました。

遺跡の裏側で、教科書を開いて弟にアルファベットを教えている子どもの姿を見かけましたから、どうやら、学校へ行かずに働いている、というわけでもないようです。多分学校へ行っていない時には子どもたちも総出で、観光客を追いかけまわしているのでしょう。

さて、ここで書きたいのは児童労働の問題についてではありません。子どもたちが「売るもの」についてです。

特に子どもたちが売っているものとして目についたのは絵葉書。しかし、カンボジアの地方でも携帯電話の電波が飛びスマートフォンが使えます。ホテルはどこでもWiFiが整備されていますし、レストランなどにも無料のWiFiが普及しています。家族や友人への連絡は、写真どころか動画であっても、瞬時に送ることができてしまいます。

このような時代に、絵葉書を購入する人が一体どれほどいるでしょうか。気をつけて見ていましたが、絵葉書を購入する観光客を見たのは一度だけ。それ以外の人たちは、追いすがって来る子どもたちに、むしろ迷惑している印象でした。絵葉書を購入した人であっても、カンボジア滞在中に再度絵葉書を購入することは多分ないでしょう。

絵葉書の次に多かったのは笛。ピーピー吹きながら、観光客を追っている少年少女が数多くいました。でも笛を買っている人の姿はついに一度も見かけませんでしたし、僕自身にはアンコール・ワットで、あえて笛を買う理由も思い当たりません。

一方「おや?」と思ったのが、地雷被害者の自立のためと、楽器を演奏する大人たちのグループ。こちらは大きな遺跡でしか見かけませんでしたが、足を止めて演奏を聴く人も多く、演奏者の前に置かれた箱には、そこそこのお金が入れられていました。

では、もし子どもたちが笛を売ることをやめ、その笛を少し練習して、例えば5人一組でカンボジアの伝統音楽を演奏したらどうでしょうか?きっと、あまりうまくなくても観光客は足を止め、そして置かれた箱にお金を入れる人も結構いることでしょう。笛の購入に1ドル払う人はあまりいませんが、笛の演奏に1ドル払う人はずっと多いと思います。

商品を売らなければ、仕入れ代金もかかりませんし、在庫のリスクを抱える必要もありません。商品としての絵葉書や笛が手元にあると、どうしても「どうやってもっと売ろう」と考えてしまいますが、商品販売は本来利益を得るための手段の一つに過ぎず、重要なのは利益を得ることです。

昨今は「地域産品の活用による地域おこし」というテーマをよく耳にします。地域産品にどう付加価値をつけて売るか、マーケティングをどうするか、流通にどうやって載せるか。そうしたことがテーマになっているケースが非常に多くあります。特定の産品があると、どうしてもそれに目を奪われがちです。でも、収入を向上する機会は本当にそれだけでしょうか。

もちろん「笛を吹く」というパフォーマンスは、あくまで有名観光地で大勢の観光客の存在を前提として考えるオプションです。しかし、通常の村落開発においても、商品の開発や加工販売以外に、サービスの開発と提供をもう少し考えてみたらいかがでしょうか。

地域住民全員がサービスの提供者になれるわけでは無論ないでしょう。それでも、援助する側の視点が、あまりにも農産物などの商品の生産加工や販売に偏り過ぎているのではないか、という気がしています。地域振興の多様化戦略の一つのオプションとして、サービス産業の可能性をもう少し考えるべきだと考えた、カンボジア旅行でした。

 

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