人の森国際協力>>アーカイブス>人の森通信2007/11/20号

偶然か、必然か

by 野田さえ子

人は誰しも、多くの「出会い」を経験します。

出会う相手は、人であったり、「覚悟」を決める出来事であったり、さまざまですが、それぞれの出会いが、どうしても偶然とは思えない瞬間があります。


先日、就学の機会を奪われている、主に就労ビザや滞在ビザを持たない在日フィリピン人の子女のための学校を運営している、「国際子ども学校」の池住 圭(いけずみ けい)さんにお会いする機会がありました。

彼女は、名古屋の繁華街 栄にある池田公園を真夜中に歩いていたとき、小中学生たちと出会いました。中には幼稚園の年少や年中くらいの子どもたちも一緒でした。「こんな時間に何やっているの?明日、学校があるのに、早く帰りなさい」と声をかけたところ、「私たちには、行ける学校がない!」と睨まれたそうです。当時、東京や川崎では、日本で生まれていれば、保護者のビザの状況にかかわらず、在日フィリピン人の子どもたちでも学校が受入をおこなっていたそうですが、名古屋では許可されていませんでした。

彼女は思い立ち、「国際子ども学校」を設立しました。

学校を始めた当時は、子どもたちは走り回り、殴りあい、いすを投げ飛ばし、学校運営は困難を極めました。また子どもたちは小さい頃に豊かな言葉の経験を積む機会がなかったため、言語が浅く、そのため思考力が非常に弱かったそうです。

「おまえ殺すぞ――」。

これが、学校の先生が最初に覚えたタガログ語(フィリピン人の母語)だったそうです。子どもたちがどのような環境で育っているかわかるエピソードです。

日本に生れ落ちた瞬間から不法滞在者となる子どもたちは、健康保険もないため、虫歯になっても歯医者に行けず、歯がボロボロにとけるまで痛みをこらえたそうです。また子どもたちは予防接種の対象者とならず、予防接種を受けない子どもを抱えるという、地域医療の根幹をくずしている状態でした。

数々の働きかけの結果、現在はこうした子どもたちに対しても、母子手帳が交付され、予防接種も受けられるようになったそうです。2002年4月からは、やっと名古屋市も重い腰をあげ、こうした子どもたちに対して公立学校への受入れを認めました。しかし、サポート体制が十分でなく、脱落していく子どもも多いそうです。

国際協力の関係者であれば、フィリピンの国情はどのようなものかわかるかと思います。人口の10%が世界の18カ国に出稼ぎにでている国――。

予防接種を受けられなかったことも、教育や医療を受ける機会を与えられていなかったことも、そのフィリピンではなく、ここ日本においてつい最近まで起こっていたのです。


先週、私が住んでいる愛知県一宮市に本社がある会社、「アバンセコーポレーション」の林会長とお会いする機会を得ました。

林会長は、DV(ドメスティック・バイオレンス)の被害にあう在日フィリピン人女性のための介護士養成学校やシェルターの運営、ホームレス支援、中国残留孤児向けのグループホーム設立、日系ブラジル人のための定住化支援など、数多くの社会貢献事業を行っています。

DV被害にある在日フィリピン人の女性の数も増え、警察署も調書をとるための通訳費(数十万程度)の予算がないため、ほとんど何も対応できない状態だそうです。

さまざまな問題が行き場をなくし、林会長のほうも、対処するのが精一杯で毎日「もぐらたたきをしている」ように感じるそうです。

さまざまな問題が、目に触れられないまま増加し、何か琴線に触れれば一気に噴出すような怖さを感じました。


そんな折、人から勧められて読んだ本の中で、次の1節と出会いました。

世界を変えようと
決意を固めた個人からなる
小さなグループの力を
決して否定してはならない。
実際、その力だけが
これまで世界を変えてきたのだ。
M.ミード


すべての出会いが 必然に思えてきました。

学問ではなく、行動を。

私は世界を変えられないけれど、なんとか一つずつ動いてみたいと思います。

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